【前編】識者が語る、量子コンピュータの現在の市場と今後の活用 〜量子コンピュータがもたらすビジネスと社会への影響〜

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最新技術は私たちに何をもたらし、その先にはどんな未来が待っているのか?
HENNGE TECH SYNC.」と銘打つ本イベントの第1回目のテーマは、「量子コンピュータの現在地とその先に待つ豊かな社会」。量子力学の誕生から100年を迎えた記念すべき年の初めに相応しい意欲的なテーマを起点に、会場では登壇者と来場者が多角的なQ&Aを通じて、交流を深める貴重な機会となりました。

司会を務めたのは、本イベント主催のHENNGE株式会社の奥谷慶行(以下、奥谷)。奥谷はトークに先がけて、’96年の設立当初より「テクノロジーの解放」を企業理念に、新技術を活用するアーリーアダプターの姿勢を示し続けるHENNGEの事業の変遷を紹介するとともに、クラウドサービス活用を支援する「HENNGE One」についても触れました。

今回の登壇者には、量子アニーリング技術の研究に取り組み、その社会実装および人材育成に従事する東北大学・東京科学大学教授の大関真之氏と、株式会社JijのCEOとして、量子技術や最適化計算技術といった最先端技術を研究しながら、数理最適化の開発プロセスを支援するクラウドサービスJijZept™などを提供する山城悠氏を迎えました。さらに、ファシリテーターとして、自身の大学時代から両名とは親交があったという、理系大学生向けに「大学の数学・物理」を“予備校のノリ”で学べる動画を配信する、YouTuber のたくみ氏が並びます。


量子コンピュータはビジネスになるか?

クロストーク冒頭から「量子コンピュータはビジネスになるか?」という核心を突いた問いがたくみ氏から投げかけられました。それに対して登壇者らからは、その可能性は十分にあるものの、市場が開拓されるのはまだまだこれからであるという現状と期待が語られました。

たくみ

(たくみ)お二方は普段どのように量子コンピュータに関わっていますか?

大関

(大関)大学の講義を通じて、量子コンピュータの伝道師的な役割をしています。そして、量子コンピュータをどういうふうに使っていくべきか、日々悪戦苦闘しながら学生と共に研究活動をしています。今回のテーマでもある量子とビジネスとの接点は、僕らも気になっている立場ではあります。社会への応用によって、何がどう速くなり、そしていかに便利になるのか、その礎をつくっていきたいです。

山城

(山城)私はビジネスと研究の狭間にいて、量子コンピュータ上で最適化したソフトウェアを開発し提供しています。ハードウェアをつくる企業や、AWSをはじめとするUS・UKなど海外のスタートアップ企業とコラボし開発を行うこともあります。
今でこそ、生成AIに特化した「NVIDIA」のような企業が台頭してきましたが、量子コンピュータについてはまだその域には達していません。ですが、将来的には大きなビジネスになるポテンシャルがあると思います。

大関

(大関)今後の量子コンピュータには二段階のビジネス展開があると思います。一段階目は、量子コンピュータもコンピュータの一種のため、性能が向上した分の利益が出ます。二段階目は、量子コンピュータを使って運用するサービスが出てきた場合、数億円規模で儲かるかもしれません。量子コンピュータ単体でみると、まだ使っている人が少ないのが現状ですが、サービスの活用というところから利益を生んでいると思います。

生成AIにとっての自らを加速してくれるようなGPUの特殊専用機のような存在が、量子コンピュータにもできるといいなと思います。生成AIが何度も“冬の時代”を超えてノーベル物理賞をとったように、量子コンピュータも今が踏ん張りどころなのかもしれません。

山城

(山城)2022年に「Quantum Winter*」が来ると言われ続けていましたが、その後も研究の進捗は続いて、企業への普及も進んでいます。
*Quantum Winter/量子コンピュータの発展が停滞し、進展が見られなくなる状況。

大関

(大関)それも国や企業などの下支えがずっとあったからこそですね。


白黒つけない柔軟性がビジネスの領域も広げる?

近年その言葉を耳にするようになった「量子コンピュータ」とは、そもそも何なのでしょうか。
量子力学の基本法則である「重ね合わせの原理」の特性を活かし、電気信号のオン/オフを「0」か「1」としていた従来のコンピュータに対し、複数の状態の重ね合わせで共存できる「量子ビット」を基本単位とし、ある状況においてその特性が発揮(非常に多くの情報を同時に処理)されるものであるといいます。

大関

(大関)量子コンピュータとはコンピュート(compute)するもの、計算機の一つです。私たちはそろばんをたたいたり、指折り数えたりして計算しますが、その指を折り曲げた途中の半端な数字を考え、うまく制御できるのが量子コンピュータです。「0」か「1」ではない、微妙な数字についてアルゴリズムで解き方を調整して、僕らの代わりに悩んでくれるんです。

山城

(山城)私は、実は8年前に受けた大関先生の講義で聞いた返答を使っています。量子コンピュータの「速さ」というのは、クロック周波数*的な速さとは異なります。そもそもの計算のフレームワークが違うんです。通常のコンピュータが足し算だとするならば、掛け算・割り算の考え方ができるのが量子コンピュータです。量子コンピュータには得意・不得意があり、実は1回1回の計算のスピードは遅いのですが、ある特定の問題においてステップ数を少なく抑えることができるため、結果として速くなることがあります。
*クロック周波数/コンピュータや電子機器の処理のタイミングを決めるための振動の周波数。動作周波数とも呼ばれ、CPUの性能を示す指標の一つ。単位はHz(ヘルツ)。

たくみ

(たくみ)量子コンピュータを一概に「速い」と言うと誤認を招いてしまうので、YouTubeではあまり言わないようにしています(笑)

会場からは「一般人でも量子コンピュータや活用サービスを使うことはできるか?」という質問が挙がり、これに対して「すぐに使うことができる」と回答されました。現在はシミュレータからのリアルなデバイス、そして遠隔でも使用でき、高校生や大学生を対象にしたイベントでも取り上げられています。

会場からの質問

(会場からの質問)量子コンピュータの得意・不得意な問題とは何ですか?

山城

(山城)量子コンピュータの一つの方式である「量子アニーリングマシン*」では、グラフ系・通信系の問題が得意です。

また、「近似アルゴリズム*」においては、ある特殊な周期性を持った構造の最適化問題では、通常のコンピュータよりも量子コンピュータの方が指数的に早くなる例が見つかり、今非常にホットな話題です。今後もより広いクラスで、さらに理論補償のついた量子コンピュータにとって得意な問題が見つかっていくと思います。ハードウェア側からのアップデートもそれを後押ししていきます。
*量子アニーリングマシン/量子コンピュータには、「ゲート方式」と「アニーリング方式」があり、中でも、量子アニーリングマシンは組合せ最適化問題に特化したマシン。
*近似アルゴリズム/組合せ最適化問題など、ある一つの答えを正確に出すのが難しい問題に対して、ある程度正確な答え(近似値)を短時間で求めるためのアルゴリズム。(例)地図アプリで最短経路を探すと、すべての道を調べ尽くす代わりに、ある程度良いルートがすぐに提示される。


後編では、登壇者が注目している業界を牽引する国内外企業について、近い未来における量子コンピュータの応用についてなど、引き続き熱いトークが繰り広げられる様子をレポートします。