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本ページは後編のレポートをお送りします。
最新技術は私たちに何をもたらし、その先にはどんな未来が待っているのか?
「HENNGE TECH SYNC.」と銘打つ本イベントの第1回目のテーマは、「量子コンピュータの現在地とその先に待つ豊かな社会」。量子力学の誕生から100年を迎えた記念すべき年の初めに相応しい意欲的なテーマを起点に、会場では登壇者と来場者が多角的なQ&Aを通じて、交流を深める貴重な機会となりました。
業界を牽引する国内外の注目企業
会場からは、世界の量子コンピュータ業界における日本の立ち位置や、注目すべき企業などについての関心も寄せられました。


大関
(大関)日本は世界の政治的競争から一歩離れているため、民間で他国の企業にはできないことができます。まわりまわって経済的にナンバーワンになるかもしれません。

山城
(山城)今ウォッチすべき企業としては「QuEra」というアメリカのスタートアップがあります。日本では、ソフトウェアを開発する「QunaSys」や、量子情報物理の研究を進める「古澤研究室」があります。
一方で、大企業の持つ資金力や推進力が最も進捗を生むのも事実です。昨年はGoogleの「Willow」やIBMが約1000量子ビットを作り出すというニュースもありました。実はそれらのハードウェアの素材製作に携わっている日本の材料メーカーも併せて注目すべきです。

大関
(大関)「QuEra Computing」と「OptQC」は間違いないですね。僕は「D-Wave Systems」を改めて推したいです。量子コンピュータには二つの方式があり、量子ゲート方式が色々なプログラムで自由な計算をして、アニーリングはその最適化で計算に特化したものですが、いわゆる量子コンピュータのスタートアップ企業として名を上げた「D-Wave Systems」は当初量子アニーリングのチップを作りました。そして今、ゲート方式のチップを実際に作っているんです。彼らはこれまで量子アニーリングのマシンを用いて量子ビットをたくさん並べることに成功し、それを制御する技術にも長けているので、今後が楽しみです。
大関氏は、今後も量子ビットは増やせるが、その活用方法が課題だとし、山城氏は必要な物理量子ビットの数をアルゴリズムによって減らすアプローチと、たくさんの量子ビットを並べられるハードウェアの進展の両方が要であると話しました。
近い未来の量子コンピュータの応用
トークの最後には、量子コンピュータの社会や他分野への影響や、今後の技術の進展について意見が交わされました。

大関
(大関)冷却の問題があるため、物理的に巨大な空間が必要ですが、クラウド型やあまり性能が高くないデバイスであれば、一般企業や家庭にも組み込まれる可能性はあると思います。
例えば、今日の夕飯はカレーか肉じゃがかを選ぶ冷蔵庫が、5年以内に実現しているかもしれません。学生が効率的な時間割を作るためのアプリなんていう応用もできそうです。

山城
(山城)普段は意識しませんが、私たちが日々使うスマホもGPUを積んでいます。現状では冷却が必要ですが、量子コンピュータも必ずしもクラウドではなく、スマホのように手元にある何かになっていくのではないでしょうか。実務的に使えるアプリケーションが、ハードウェアの進化で手元に来るようなイメージです。

大関
(大関)量子コンピュータは、実は電力消費が低いんです。同じ計算能力を持つなら電力消費量が少ない方が良いので、既存のコンピュータと置き換えられていく可能性もあります。


たくみ
(たくみ)冷却問題の解決が待たれますね。

山城
(山城)今では生成AIとの他愛もない会話のために使われている大量のエネルギーに、量子コンピュータが代替となるアイデアも出てくるかもしれません。

大関
(大関)5年後くらいには、量子コンピュータのアプリが動き、デジタルコンピューティングの水準が上がるのではないかと思います。

山城
(山城)同意です。今後20-30年かけて、生成AIなどのHPC(高性能計算)についても量子コンピュータに乗り換えていくフェーズなのかなと思います。

たくみ
(たくみ)量子コンピューティングの技術革新による、株価以外の社会的影響には何がありますか?


山城
(山城)例えばサイバー攻撃においては「解けるようになったら解く」*という考え方が出てきています。いまでも通信の傍受自体は容易なのですが、暗号化されている情報は読めない。そのため、今のうちから大量に情報を窃取しておいて、量子コンピュータなどで復号できるようになったらまとめて読もう、という考え方の攻撃です。それを見越して量子コンピューターでも解読不可能な暗号の開発も進んでいます。すでに暗号技術の分野には大きな影響が出ていると言えます。
*Harvest (または Capture、Store とも)now, decrypt later/情報の中には、長期間経過しても価値が損なわれないものもある。この攻撃において攻撃者は、将来量子コンピュータなどの新技術で復号できることを期待して、いまから大量の情報を窃取・保存している。対抗するためには、現時点から、量子コンピュータでも復号できない方式で情報を暗号化することが求められる。

大関
(大関)社会的には、化学や製薬の分野で量子コンピュータを持つ企業と持たない企業の間で格差が生じる可能性があります。クラウドで誰でも触れられるとはいえ、専有するにはコストがかかるため、そこに分断が生まれることが懸念されます。

山城
(山城)たとえばすでにIBMの量子コンピュータは、国によっては利用が規制されています。安全補償的にも計算能力は重要な技術になっています。

たくみ
(たくみ)石油に次ぐ資源は、計算能力ですね。

大関
(大関)その点、日本はソフトに特化しているので比較的フラットです。ODA(政府開発援助)では、日本が中継点となり新しい人材が生まれるという仕組みがあります。こういったやり方を取り入れながら、まだソフトを持っていない国や地域と協力して、ほかにはない活用事例を積み上げられるかもしれません。

たくみ
(たくみ)教育も大事ですね。「量子コンピュータ技術についていくためにはどうすればいいですか?」という質問も来ています。

大関
(大関)入り口が重要で、まずは一足飛びにでも始めないと間に合いません。PCを買った学生が最初にすることがレポートを書くことであるように、量子コンピュータもまずは使ってみて、勘が掴めて自分ごとにできてから理論や原理を勉強するのが正攻法です。私も教えている高校生向けのプログラミング講座でも、まず使ってみることを量子力学を学ぶきっかけにつなげています。

たくみ
(たくみ)まずは触れてもらうことで、恐怖心を取り除くことが大切ですね。僕のYouTube動画の中でも「量子力学の歴史」の回が人気なので、ぜひみなさんにも見てほしいです。

登壇の二名はそれぞれ「Suno」を用いて作詞活動を行なったり、Rustのコードを記述するために、普段から生成AIを使っているそうです。たくみ氏は、生成AIに対する向き合い方が、新しい技術に関わる一人の人間の反応の在り方として表れるのではないかと話しました。

たくみ
(たくみ)量子アルゴリズムの今後の発展についてはいかがでしょうか?

山城
(山城)やはり、先ほど述べた「近似アルゴリズム」が注目だと思います。

大関
(大関)生成AIと同様、量子力学でも、勾配法(少しずつ最適解を探る手法)では解くのが難しい問題がある理由が明らかになってきています。今後はその対策が見出され、新しいアルゴリズムが生まれるかもしれません。

奥谷
(奥谷)量子力学と化学は両方ともミクロ世界を扱うので相性が良いことは想像できるのですが、なぜ交通の最適化などにも量子が活用できるのでしょうか?

大関
(大関)人間は、Excelのように、値を比較しながら情報を整理します。例えば最短ルートを求めるとき、距離を昇順に並べて比較しようとしがちです。しかし比較してより良い選択肢を一つ選ぶのは、0と1で計算する既存のコンピュータの方法なんです。量子コンピュータは、0と1の間の曖昧な領域で、不確定要素があっても可能性を計算できるため、この種の問題に適しています。

たくみ
(たくみ)物理学の発展にはどのような影響を与えると思いますか?

山城
(山城)量子コンピュータ上で新しい物理法則を発見できるようになるといいですね。人類はもっと量子コンピュータを活用すべきですし、その進展を見届けるまでは生きていたいなと思います。

大関
(大関)物理は、実験と理論の説明を交互に繰り返しながら発展してきました。量子力学も、実験結果と古典力学との不整合をきっかけに生まれたものです。物理学の進歩には制御された環境下での実験が必須です。量子コンピュータは大量の量子ビットを操作し制御するものですから、これまで数学的は確からしいけれど実験的には確認できていなかった理論が正しいのか確認できるようになります。人類未到のスケールで、量子と対峙することができるのだと思います。

山城
(山城)当初は日本発祥の技術が多かったのですが、今では世界の最前線から遅れてしまっているかもしれません。ですが、アプリケーションなどのソフトウェアはリードしていて、十分世界で戦えると思います。また、日本には、企業サイドから取り組むという特徴や製造権の強い産業構造があり、世界から注目されています。しかし、ハードウェアの開発には莫大な予算がかかるため、アメリカや中国がその勢力を見せています。